毎日更新!SOU・SOU読本
“SOU・SOUへの道(41)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ
ある日の朝、店の前をほうきで掃いていると、足袋屋隣にあったミッキーマウス屋のご主人がやって来て声をかけられた。
「店長ー(僕のことをそう呼んでいた)、あのさー、もう店を閉めるんやけど、借りてくれへんか?」
「えーそうなんですか?長いことご商売されているのに、一体どうしたんですか?」
「もう、しんどーなってきてね。そんで、誰かに貸そうと家族に相談したら娘がSOU・SOUさんに頼んでみたらって言うんや」
という訳で、その店舗を借りることにした。
ちょうどSOU・SOU作務衣を作って3年くらいした時だったと思うが、この店舗に男性用と女性ものが混在していることに不自然さを感じはじめていた。
ヨシザキみたいな大男が女性に試着を勧める図も何かおかしいし、なにより女性が店に入りづらいだろうなと思っていたのだ。
ということで、新しい店舗は女性モノを扱うお店にすることにした。
店名は「SOU・SOU着物」にしたいところだったが、着物はやは凝り固まったりイメージが強いので、着衣(きころも)という名前にした。
少し離れたところにあったSOU・SOUしつらいは、着衣の2Fに移した。
しつらいは坪数が約5分の1くらいになったので、大型家具は一旦取り扱いをやめた。
そして50坪あったSOU・SOUしつらいは、倉庫兼SOU・SOU netshopデリバリーセンターにした。
それまで店舗スタッフがnetshop業務をやっていたが、もう追いつかなくなっていて、そろそろ独立させなければと思っていたところだった。
そしてこの頃誉田屋源兵衛さんに「キミももっと傾いたらいいねん」と言われたことで「傾く(かぶく)」という言葉を知り、なるほど派手な身なりってカッコいいなと思うようになったので、この際SOU・SOU作務衣の店名を傾くための衣”傾衣”に変えた。傾衣にしてからは服作りに遠慮が無くなっていった。普通の服を好む人にはちょっと手強いお店になった。
隣のご主人がお店を辞めることで、結果的にSOU・SOUが次々と変わっていくのだった。
(つづく)
画像は、紅白の時の3代目J-SOUL BROTHERS
これって絞り?田端さんはこんな絞り出来るのでしょうか。
それでは、また明日。
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“ワッキー&辻ヤン&ギャラリーしつらい”
脇阪さんに頼んでいた釦が上がってきました。
木の釦に手描きしていますが、これを量産できないか業者をあたろうと思います。
これだけでも、人気が出そう。
次は辻村さん(ハッサンは辻ヤンと呼ぶ)に今日もらった三角スケール(通称サンスケ)
これがあれば図面の寸法がバッチリわかる。
今までこれを使っていなかったので、スケール感がアバウトでしかわかりませんでした。
しかし、もう大丈夫。
最後はしつらいの間の展示。1月はこんな感じです。
この中にプレゼント絵葉書がございます。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(40)”
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ある日一通のメールが会社のPCに届いた。
世界中の誰もが知っているフランスの超有名ブランドからだった。
そして、一度担当の方と会って話をした。
あまり詳しくは書けないが、要するにヒール付きの地下足袋が作れないかという話だった。
今から思えば二つ返事で作ればよかったが、当時の僕は若かった。そういうのは邪道だということで、あまり乗り気でない返事をしてしまったのだった。
その後は何の音沙汰も無い。
まー縁がなかったのだと思うが、ビッグチャンスを逃した感は否めない。
もし次があるのならば、業界のためにももう少し大人の対応をしたいと思う。
その後も地下足袋のコラボレーションの話はいくつか頂いた。
そのうちの1つがle coq sportifだった。
ある日、青山店にle coq sportifのMDの方がやって来られて「一緒に地下足袋を作りませんか」というお話を頂戴した。
ナイキのエアリフトという地下足袋風スニーカーは世の中にあったけど、もしコラボすることになったら、世界最古のスポーツブランド le coq sportifから正真正銘の地下足袋が発売されることになるかもしれない。
これは歴史に残るな・・・勝手に興奮してその話を受けさせて頂くことにした。
その後シューズデザイナーの麻谷さんと会って、いろいろ話すうちにどんどん盛り上がってしまい、とうとうSOU・SOU×le coq sportif×日進ゴムから地下足袋の1stモデルがリリースすることが出来た。これは嬉しかった。
そして、それからも毎シーズン地下足袋をリリースしていった。
取引が始まって2、3年した頃、僕がやっていた洋服屋の主要ブランドが倒産した。それに伴ってその店を閉めることにした。
でも、せっかく1つ店舗が空くのだから、そこを新展開のSOU・SOU le coq sportifのオンリーショップにしてみようと思った。SOU・SOUとは毛色の違うお店になるが、まーそれも良いかなと。
いきなりオンリーショップにしたせいで、肝心の商品は全然無かった。
そりゃそうだ。今までSOU・SOU作務衣の店内の一角で展開していた程度の商品数だったのに、それを一店舗にしたのだから。
まーそれも仕方ない。大体が予定通りにはいかないものだと思って諦めた。
その時のオープニングスタッフが高橋(現お点前王子)、瀬野(テノ)だった。
ちなみに、高橋は似合ってるのかどうかがわからなかった。
(つづく)
写真は正月に来られた美しい女性とおそらく893の方。
本当は尼口さんです。
それでは、また明日。
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“新年会&ヘラ”
高校の同級生と百万遍の安居酒屋で新年会。久しぶりだ。
皆オッサンだ。
昔と違ってこの年になると体調管理や病気の話になってくる。
仕方ないか。
中には間接的にSOU・SOUの仕事をしてくれているヤツもいた。
次の日はカミさん家族が京都に来ていたので、鉄板焼きへ。
料理人の方はヘラ捌きがとても上手かった。(当たり前ですが)
お話しを伺うと、家でヘラを使って雑誌をパラパラめっくたりして訓練されたのだそう。
すごいな。ヘラでページがめくれるのか。
感心すると同時に、見ていて楽しくなりました。
それでは、また明日。
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“初詣”
元旦の下鴨神社
参拝者の数が今までで最多な気がする
売店にはジブリの手ぬぐいが
ちゃんと伊勢木綿と書いてあります
おみくじ引きます
平でした
今年の僕は、平を出している場合ではない。
いつもはそんな事はしないけど、近々もう一度行って再チャレンジしよう。
写真は、自称「仕事があまり好きじゃない」冨田潤さん。
供給が少な過ぎてなかなか冨田さんの作品をGETすることが出来ません。
もうちょっと働いて頂くよう頼んでおきました。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(39)”
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SOU・SOU足袋、SOU・SOU伊勢木綿、SOU・SOUしつらいを作った時、どさくさでSOU・SOU作務衣というお店を作った。
どさくさというのは、当時やっていたストリートカジュアルのセレクトショップのリニューアルを急遽変更したからだ。
そのままリニューアルしたとしても、そのジャンルの服の将来性は暗いと思い立ち、それをスタッフに相談したところ、図面を作るギリギリのところで「この先はこの店もSOU・SOUにした方が良いのではないかと思います」と言ってきたのだった。
そのスタッフはスケーターでジーンズをケツではくタイプだったので、SOU・SOU事業部についてはほぼ興味が無かったと思うが、それでもそんな事を言ってくれたおかげでセレクトショップを閉めてSOU・SOU作務衣というお店をオープンした。
ここにはSOU・SOUの衣類全般を男性用・女性用ともに扱った。
その半ケツスタッフと当時足袋店に勤務していた石田明日香(現 着衣店長)をこの店の担当にした。
本当は「着るもの」ならばSOU・SOU着物にすればいいのだが、着物というともう完全に国内で堅苦しいイメージが出来上がっているので、作務衣という店名にした。
作務衣とは平たく言うとワークウェアになる。
ストリートカジュアルからスライドさせたスタッフもいるから、日本のワークウェアである作務衣をファッションとして提案するお店がいいんじゃないかと思ったのだ。
そんな店、他に無いし。
そして、このお店にはあるストーリー設定をしていた。
「ある老舗呉服屋5代目の息子が『僕は家業を継ぎたくない』と言って、大学卒業後アメリカに渡った。
図らずもそこで日本の良さ、家業のすばらしさに気づく。
日本に帰ってきた時にその息子は家業とはちょっと違う、作務衣とカジュアルウェアをミックスさせたスタイルのショップをオープンさせることにした.....」
SOU・SOU作務衣は、こんなイメージだった。
なので、オリジナル作務衣とストリートカジュアルブランドのミックスで品揃えした。
アディダスなんかも扱っていた。
一般の人が拒絶しないように配慮しながら、最終的にはSOU・SOUフルオリジナルのラインナップに出来ればな...と思っていた。
この店が後の傾衣になる。
(つづく)
写真はキーヤンからの年賀状
アップで
この顔がなんとも言えず良い
それでは、また明日。
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“年賀状(2)”
少しシャレた年賀状をご紹介します。
大因州製紙協業組合
堀木さんは、さすがの作品写真。最近は全然お会いしていないけど、メガネ屋のポスターで見かけたな。
ジブリミュージアムは、らしさ全開
業務連絡:例のブツは、今作れるところを探しています。
芹沢さんの作品も
「ルソンの壺」。3回も放送して下さってありがとうございます。
篠田麻里子からも(ウソ)
ACEとのコラボ第二弾も進行中
京都室町の老舗帯問屋 誉田屋源兵衛さんからは
すごいな。若かりし頃の源兵衛さん。マムシをGET!の図。
帯のセンスも一流だが、この年賀状を作っちゃうセンスは超一流だ。
僕もこういう年賀状がためらわず作れる傾き者になりたいものだ。
せっかくなので、荒武にマウスパッドとして使ってもらった。
それでは、また明日。
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“年賀状(1)”
今年もたくさんの年賀状を頂戴しました。
そして毎年恒例の「SOU・SOU」チェック。
「SOU・SOU」というのは、大文字で中黒(・)が入るのが正式です。
小文字のタイプ
これが最も多い。
小文字&中黒(・)なし
中黒(・)なしの惜しいタイプ
大文字、小文字が混じったタイプ
中黒(・)ではなく、伸ばしたタイプ
ハイフンタイプ
これは、ありそでなかったSOWSOWタイプ
中黒(・)ズレの惜しいタイプ
最後は中黒(・)なしなんてどうでもいい若林剛子!今年も登場!
この人には永遠に教えないでおこう。
最後は今頃南国で楽しんでおられる岡田縫工所の岡田ご夫妻
今年も宜しくお願い致します。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(38)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ
SOU・SOUが成功するかどうかは、どれだけ良いスタッフを集められるかにかかっています。
ビンテージ古着の店ならビンテージの知識が豊富で、それにまつわる音楽などのサブカルチャーに詳しい人がスタッフになれば、お客さんも楽しいだろう。
お菓子屋さんならお菓子が好きで、知識豊富で、休日にはお菓子を作っていたりなんかして過ごし、さらにお店のお菓子に合う飲み物なんかもいろいろ提案できれば、そこに来るお客さんはきっと嬉しいだろう。
では、SOU・SOUはどうか?
着物や和装に興味があって、茶道とかにも興味があって、伝統芸能にも興味があって、それでいて新しいことにもどんどん挑戦していくクリエイティブさがあって・・・
そんな人が集まれば、お客さんはきっと楽しいし熱狂的なマニアも増えるだろう。
そして、そうなるともう怖いものは何もありません。
SOU・SOUがこの10年間で少しずつ伸びてきたのは、そういったSOU・SOU人が社内に増えてきたからだと思っています。
逆に言うと、僕はずーっとその人材確保だけにこだわってやってきました。
SOU・SOUを知らない多くの人たちにその良さや楽しさを伝えることが出来るのは、SOU・SOUを楽しんでいる人だけです。
SOU・SOUがスタッフなしの催事をやらないのは、そのためです。
また、SOU・SOUで短期バイト、派遣社員等がいないのも同様の理由です。
求人募集しても人が全然集まらなかった以前の東京店には派遣社員もいたことがありましたが、時給の高い他社の仕事にあっさり転職されました。
まーそんなもんです。
今はそういう事はほとんどないので、それだけでも昔とは大きく違います。
これからも社内外を問わずSOU・SOUを好きな人たちと楽しみながら成長できれば幸せだと思います。
別に会社はそんなに大きくならなくったっていいんです。
(つづく)
画像は、脇阪さんからもらった1枚の切り抜き
「ラーセンから送ってきたんだけど、若林君宛てだから渡しとく」とのこと。
SOU・SOUっぽく見えたのかな。
それでは、また明日。
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“本日より”
京都店は仕事はじめです。
皆様、どうぞ宜しくお願い致します。
毎年3日は社員皆で八坂神社に初詣に行きます。
そして、いつもの日常が始まります。
どこのお店もそうだと思いますが、昨年までと同じ気持ちで働いていたのでは進歩がありません。
やはり一つでも進もうという意識が大切です。
スタッフ43人が最低でも一歩進んだサービスが出来れば、お店に来られたお客様も少しは気分が良くなるはずです。
そうなれるよう努力して参りたいと思います。
写真はとある喫茶店での1コマ
それでは、また明日。
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“SOU・SOU×伊勢丹風呂敷”
すでにご存知の方もおられるかもしれませんが、こんなイベントが開催されています。
伊勢丹所有の膨大な数の伊勢型紙がウィンドウおよび館内に展示されるそうです。
そして、その型紙のデザインを使っていろんなブランドが風呂敷を作るという企画にSOU・SOUも参加させて頂きました。
こういうイベントを通じて伊勢型紙のすばらしさを多くの人に伝えていきたい、そして、伊勢型紙の技術を残していければ・・・というのが今回の伊勢丹のコンセプトだそうです。
というわけで、SOU・SOUはこんなのを作りました。
<サイズ:113×113cm 各5,250円>
SOU・SOUではめずらしく、洋風なものにしてみました。
でも、実は2型とも江戸時代にあった柄です
そして、本物の伊勢型紙を作り、世界で唯一日本だけの伝統的染色技術「注染」で染め上げました。
注染は小巾の生地しか染められないので、昔の風呂敷のように3枚接ぎにしました。
配色は直感です。
つまり、配色以外は全て江戸時代からあったものでリ・デザインしています。
是非一度現物を見てみてください。(イベントの詳細は以下をご参照ください)
■伊勢丹新宿店 本館1階=ザ・ステージ
■1/2(水)?1/8(火)
※1/9(水)からは伊勢丹新宿店本館7階=呉服にてご紹介いたします。
その他、三越銀座店・伊勢丹立川店・仙台三越・千葉三越・福岡三越・新潟伊勢丹・静岡伊勢丹の計8店舗での展開となります。新宿以外は少量展開の為、お問い合わせは、伊勢丹新宿店03-3352-1111(大代表)でお願いいたします。
明朝9時35分?「ルソンの壺」の再放送です。(関西地区)
年間何十人もの方が出演されているのに、僕なんかのことをこんないい日時に取り上げて頂いてありがたい限りです。
よろしければご笑覧ください。
それでは、また明日。
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“元旦”
新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
新しい年のはじまりは、すがすがしく背筋がピンとします。
元旦には今年の目標も立ててみたいものです。
というようなのんびりした事も東京スタッフはしていられません。
東京店は本日から営業しております。
もしお時間がございましたら是非お運びくださいませ。
東京店スタッフ一同お待ちしております。
ここで一つお知らせがあります。
今年の2月末をもちまして、SOU・SOU東京店を閉店致します。
同じく2月下旬(詳しくは未定)にSOU・SOU選青山店も閉店致します。
そして3月4日に2店舗を合体させたお店を青山にグランドオープン致します。
今回は路面店です。
今までよりも満足して頂けるお店を作りたいと思っています。
ご期待下さい。
残された2ヶ月の間に是非見納めにお越し下さいませ。
宜しくお願い致します。
それでは、また明日。
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“大づごもり”
本日は大つごもりです。
一年の締めくくりですね。
無事一年を終えられることに感謝です。
「日々是好日」
禅語です。
どんな一日でも良い一日です─というような意味ですが、僕はこの言葉が好きです。
一年を振り返る時に必ず思い出します。
今日は18時まで仕事して、皆に挨拶をして、家に帰って晦日そば食べて、紅白でも観るかな。
今年は今までで一番充実した一年でした。
たくさんのお客様に支えて頂いている事に、スタッフ一同本当に感謝いたします。
ありがとうございます。
しかし来年はさらにパワーアップしたSOU・SOUをお楽しみいただきたいと思っておりますので、どうぞご期待くださいませ。
今年一年間お世話になりました。
皆様良いお年をお迎えくださいませ。
それでは、また来年。
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“望年会(2)”
“望年会(1)”
エレファントの平井社長、サウンドロゴクリエイターの原田と三人で望年会。
サウンドロゴクリエイター原田は、来年ブレイクしてもらわなければいけないので諸々打ち合わせ。
平井社長は、キーヤンショップを拡充されるそう。楽しみです。
ところでこの日は平井社長の誕生日だった。
お店からシャンパンがサービスされた。なんでも東京タワーと同じ生年月日だそう。
この会は平井さんのおごり。パイセンには甘えるようにと教育されてきたので、遠慮なくご馳走になった。
この人はパッと見ただのヤーさんに見えるが、とても人情のある方だということがわかってきた。
同級生の原田が高校の時から慕っていたのもわかる気がする。
そう言えば、キーヤンが今年大ブレイクしたのは、この方の影の功績が大きいのではないかと思う。
これからも何かとお世話になると思いますが、宜しくお願いします。
<お知らせ>
5月13日に放送された「ルソンの壺」が来年1月3日(木)9:35?再放送されるそうです。
関西地域のみですが、宜しければご笑覧ください。
それでは、また明日。
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“理由あり足袋下セール&タオル情報”
“SOU・SOUへの道(37)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ
以前にも書いたが、SOU・SOU京都店の場所はわかりづらかった。
冬のある平日の夕方、お店に一本の電話があった。
「そちらのお店はどうやって行けばいいですか?」
中年位の女性の声だった。
「どちらからお越しですか?」
「京都駅からタクシーで行きます」
「あ、そうですか。それでは“御幸町御池を上がったところ”と運転手さんに伝えてください。そこに真っ黒なビルがありますので、その3階です。エレベーターは2階からですのでご注意下さい。」
「わかりました」
一旦電話を切った。
車で20分もあれば着く距離なのに、30分経っても1時間経っても現れない。
さらにしばらくした頃、「はー、やっと見つけた」と言って二人の母娘連れが入って来られた。
二人は少し雨に濡れていた。
「いらっしゃいませ。ひょっとして先ほどお電話頂いたお客様ですか?」
「はい、そうです。ちょっと迷ってその辺でぐるぐる歩いてしまいました」
「すみません。上手く説明出来ていなくて」
店内の地下足袋をいろいろ見られて、娘さんが貼付地下足袋TA-I-RU(今は廃盤)をお買い上げになり、そのまま店を出ようとエレベーターボタンを押された。
<懐かしの貼付地下足袋TA-I-RU>
窓の外を見るとまだ雨が降っていたので「ちょっと待ってください」と言って、不要なビニール傘を差し上げた。
そして「今から京都観光ですか?」と訪ねたら、「いえ、もう帰ります」とおっしゃった。
「どこからお見えですか?」
「北海道です」
「えー!北海道からわざわざですか?ひょっとして地下足袋を買いにですか?」
「そうです」
「せっかくなのでよかったら、少し京都観光でもされては如何ですか?時間ありませんか?」
僕は申し訳ない気持ちになって、ついその母娘にそんな事を言ってしまった。
しかし観光はまた今度にということで、そのまま空港に向かわれた。
そんなことならタダで差し上げてもよかったな─という気持ちになった。
この時に「もうSOU・SOUは路面店にしよう。わかる人だけ来てくれれば良いという尖った洋服屋みたいなスタンスは、SOU・SOUには向いていない」と強く思った。
そこで、まず旗だけ作って仮設オープンしていたSOU・SOU足袋の場所をSOU・SOU伊勢木綿としてリニューアルオープンし、SOU・SOU足袋は現在のお店の場所に移転リニューアルオープンすることにした。
それまでSOU・SOUがあった場所をどうしようか考えた。
ビルの3階にあって、広々とした空間を生かすには何がいいか?─と考えたとき家具屋が頭に浮かんだ。
ちょうど上の階には辻村デザイン事務所もある。
場合によっては家具のオーダーも出来るしちょうどいいな。
という訳で、SOU・SOUしつらいというカテゴリーを作って、家具・インテリア雑貨の店にすることにした。
(つづく)
それでは、また明日。
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“名入れ手ぬぐい”
京都御所のすぐ横にあるスリーマスト京都さんと初めて打ち合わせしたのが3年前。
名入れ手ぬぐい、ようやく形になりました。
今までもたまにお客様から「名入れ出来ますか」とのお声を頂戴しておりましたが、これでやっとお受けすることが出来ます。
SOU・SOUオリジナルフォントも作りましたので、よろしければどうぞ。
手ぬぐいひめ丈、くびまき、絞り手ぬぐい等も可能ですので、是非ご検討ください。
評判が良ければ今後は風呂敷等もやってみようと思っています。
そして、本日より京都・東京各店舗、netshopにて一部SALEを行います。
ちょっとしたキズモノ等も合わせてお値打ち価格でご提供いたします。
是非お運びくださいませ。
それでは、また明日。
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“お菓子とヤミ千家のお茶”
ありがたいことに、いろんなお菓子を頂戴します。
この日もちょっとレアなお菓子を頂きました。
聚洸さんのもの。
「聖夜」という御名のきんとん
わらびもち
どちらも大変美味しゅうございました。
美味しいお菓子には美味しいお抹茶を。
着衣の隠し球、本間に点ててもらった。
本間はまだお客様の前で点てたことはないのですが、そろそろデビューしてもよさそう。
細かな部分はまだまだと思いますが、彼女なりのほんわかしたよさがある。
それよりも、下手でもなんでもいいから一生懸命点ててお客様に楽しく召し上がって頂くことが
SOU・SOU流ヤミ千家のお茶だ。
これから頑張ってもらいたい。
それでは、また明日。
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“日進ゴム&丸五”
年に一度この時期に京都で会う男性がいます。
日進ゴムの植田さん(左)。先日の「SOU・SOUへの道(34)」に出て来た方です。
今年は丸五の守谷さんも一緒に(右)。
たまにゴルフやマージャンをするほど仲が良いそう。
しかし、僕からしてみればライバル会社の幹部二人とこうやってお話しをするのはとても不思議な気分。
でも、こういう関係はいいもんだなと思いました。
会社は違えど、地下足袋を盛り上げていきたいと思う気持ちは皆同じ。
これからもがんばっていこうと思う。
それでは、また明日。
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