毎日更新!SOU・SOU読本
“韓国よりお客様”
韓国の谷城(コクソン)郡より13名のお客様がいらっしゃいました。
織物業に携わっておられる方々のツアーだそうです。
伊勢木綿にて
「伊勢木綿テスゴインダナー」
傾衣にて
「コンナ傾イタミセハ 韓国ニハナイネー」
しつらいにて
「ナンテPOPナテキスタイルナンダ」
足袋屋にて
「コンナハキモノ ミタコトナイネー」
布袋にて
「フロシキッテ スゴイナー」
ルコックにて
「コンナカジュアルナラインナップモアルノカ・・・」
全店チェックされた後、何やらゴソゴソ取り出して
「コッチニキテクダサイ」
「ハイ、クグッテー」
「ココ、モッテー」
「ハイ、イイデスカー」
「ポーズ!」
横断幕には「SOU・SOUの発展をお祈りしています」と書かれている。(ウソ)
SOU・SOUのような店が韓国にもあればいいなーと言っておられたので、
「あなた方がやればいいんじゃないですか」
と答えておきました。
韓国の人は勉強熱心だと思います。
それでは、また明日。
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“デニム編み ”
“北山のとあるお店にて”
とある中年男性のブログを見て気になっていたハンバーガー屋に行った。
私の席の右斜め前45度に小学校高学年と思われる女の子とその母親らしき女性が座っていて、
iPhoneを見ながら何やら楽しげに話していた。
「ママこれ見てー」
「え、何コレちょっと!」
「小学生がこんなの見ちゃダメじゃないー」
こっそり上からのぞくと、なんとBEAUTY MAKERを見ていたのだった。
その後、ハンバーガーの写真を撮り
娘さんは6分強で食べ終わったと思いきや
母親の方が「今夜マスターは京セラドームだから帰りが遅いねー」とiPhoneで時刻表を
チェックしながら娘と話していた。
推測するに、ご主人は喫茶店のようなものを経営されていて、多分タイガースファンで、
この日は京セラドームにナイターを見に行っていたのだろう。
京都北山のとあるハンバーガー屋での出来事であった。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(13)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ。
パターンナー時代、お盆と正月は京都に帰っていた。
京都に帰った時も地元の古着屋チェックは怠らなかった。
あるとき京都に新しい古着屋が出来たとのウワサを聞いて、早速行ってみた。
独特のセレクト&価格の安さで、一発でそのお店が気に入ってしまった。
聞くところによると3人でお店をやっていて、そのうち1人はNYに住んでおられるという。
次にその店に行った時にたまたまNY在住の人がおられた。
バイヤーの橋本さんという方だった。
僕は店の人と仲良くなることが少ないほうだと思うのですが、初めて会った橋本さんに「もしNYに行ったら案内して頂けますか」と何気にアポを取っていた。
橋本さんは「いいですよー」と言ってくれた。(そりゃーそう言いますわな、普通)
そして、本当に行きました。
初めて行ったNYは、本当に刺激的で楽しくて、興奮しました。
「これはイケる!」と思いました。
その半年後に会社を辞めました。
そしてすぐにまたNYに来て、今度は橋本さん宅に2ヶ月間居候することになりました。
(まだ1度しか会ったことのない人の家に居候するなんて、今の僕には考えられません・・・)
写真は、京名物「四つ葉のタクシー」
本日、みなさんに良いことがありますように。
それでは、また明日。
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“傾き者 in パリ”
先日、某ブランドがパリで展示会をされたそうです。
その時のスタッフの方は、皆さんSOU・SOU傾衣でかましてくださったそうです。
そのリーダー格、尼口さんから写真をGETしました。
展示会場にて1枚
パリらしい街並みの中で1枚
大通りの前でチャーミングに1枚
イカレた感じで1枚
パリジェンヌはきっと恐がってだれも近寄って来なかったことでしょう。
僕も知り合いでなかったら目をそらします。
これからもますます傾いていってくださいませ。
それでは、また明日。
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“お知らせ”
僕は1年に1回くらい新幹線のグリーン車に乗ります。
EXカードのポイントが貯まって、タダでアップグレード出来るのです。
新幹線のグリーン車には2冊の雑誌があります。
1冊は時代の先端を行く(車内アナウンスより)「WEDGE」、そしてもう一冊がこの「ひととき」
今回、「ひととき」の表紙に手ぬぐい名刺入れを載せて頂きました。ありがとうございます。
グリーン車に乗っておられるような年配のおじさんにもバッチリオススメのこのアイテム。
名刺交換の時、相手の方に「カワイイですねー」と必ず言わせてみせます。
「ひととき」は1ヶ月間グリーン車に設置されていると思いますので、乗られた方はチェックしてみてください。
もう一つはこのポーチ。
こちらは名古屋おもてなし武将隊のファンクラブ向けノベルティですが、SOU・SOUで作らせていただきました。
素材は綿裏毛。文様あそびの中には武将隊のロゴマーク入り。
いろんなところからお声をかけて頂きまして本当にありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
それでは、また明日。
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“第二回 数奇者の会”
エクソシストだけでなく、女衆のプリクラはこんな仕上がりだったようだ。
もちろん我々男衆もBEAUTY MAKERにはお世話になっている。
仕上がりはこちら
さすがはBEAUTY MAKERだ。おめめも大きく、男衆が美しく仕上がっている。
(この写真はくれぐれもネット流出以外の目的には使わないでください)
というプロローグを経て、向かった先は703号室
ミーシャでスタートだ
シャウトする徳治
ラップのヨシザキ
野口五郎のナンバーを歌うのはカツ
そして、アンルイスを熱唱するのは
SOU・SOUの歌姫ヤマ!立ち上がってシャウトする
シーモオーカーはダンス付きだ
アラキは振り子のように歌う
netshopからはタッキーが参戦。LOVE PSYCHEDELICOが十八番だ。
社長が歌っている時
ヨシザキはあくびをして
寝ていた
というわけで、第二回カラオケ数奇者の会は大盛り上がりで終了したのだった。
次は年末だな。
それでは、また明日。
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“王将からのBEAUTY MAKER”
柳小路から
河原町へ
向かった先は京都餃子の王将
乾杯して
食べて
「あっ!もうこんな時間やないか!!」
次に向かうは
スーパージャンカラ プレミアム
まずはプリクラだ。「この美しさ独りじめ BEAUTY MAKER」とある
しかし、SOU・SOU女衆はこのマシーンの使い方があまりわからないようだ。
がやがや騒がしいと思ったら
シーモオーカーがエクソシストになっている
BEAUTY MAKERに対しての挑戦状か。
それともただの心霊写真か。
(つづく)
それでは、また明日。
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“東海テレビ スーパーニュース”
東海テレビのスーパーニュースという番組の取材を受けました。
SOU・SOUの服の説明をしています。
レポーターの方が浴衣を着てみたいという話になったので、傾衣へ移動
傾衣にキーヤンを着た傾いているお客様がおられたのでインタビュー
張正さんの板締め浴衣にチェンジ
もう一度私服に戻って
張正の手ぬぐいを説明し
オオトリはまり木綿を説明しました。
この後、そのまま有松のまり木綿に取材に行かれました。
大人気やな、まり木綿。
放送は20日(月)16:49?19:00。「きにナール!」というコーナーで取り上げて頂く予定です。
残念ながら京都では番組を観ることが出来ないのですが、東海地方の方はご笑覧頂けると幸いです。
それでは、また明日。
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“GION MOJO WEST”
“SOU・SOU×日吉屋 和日傘”
ご好評頂いておりますSOU・SOU×日吉屋 和日傘
早くも在庫が薄くなっている柄があるようです。
浴衣はもちろんですが、SOU・SOUスタイルにこれをもったらたまらんです。傾衣にもチリバツです。
この傘をさして街を歩いたら目立つこと間違いないでしょう。
それにしても和傘と洋傘は何もかもが逆。おもしろいです。
結局、西洋とはいろんなことが逆なんですね。
日本では苗字が始め、アメリカでは苗字は後に言う。
日本の車は右ハンドル、アメリカの車は左ハンドル。
日本では白黒と言い、アメリカではBlack&Whiteと言う。
日本の下駄は左右がないけど、アメリカのシューズは左右がある。
日本の足袋は左右があるけど、アメリカのソックスは左右がない。
外国の人と上手く付き合えなくても、仕方がない。
逆なんだもの。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(12)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ。
DCブランドの快進撃は90年代に入って翳りを見せはじめる。
勤めていた会社の売上げも落ち始めた。
そうすると途端にいろんなところを節約し始める。
コピーの数もチェックされ、トイレットペーパーの使用量もチェックされた。
その頃渋谷では渋カジなるカテゴリーが生まれ、新しいジャンルのファッションが流行した。当時日本に入ってきていないアメリカブランド(例えばGAP等)をアメリカのショップで買い付けて日本で3倍くらいの値段を付けて売るというスタイルのセレクトショップが出来始めた。
僕は「こんな商売があるのか」と思った。
しかしなんとなくDCブランドの服よりインポート物の方が本物感があるなと思った。
そりゃそうだ。アメリカ現地で売っているものなのだから。
そうこうしているうちに「アメリカに行かねば」という気持ちがフツフツと沸いてきた。
入社5年目のGWに会社の人に黙ってNYに行った。そこで人生の転機が訪れることになる。
(つづく)
写真は、きくまるの浴衣を着て傾いているつもりが、売れない演歌歌手に見えてしまったシーモオーカー。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(11)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ。
DCブランドで働く少し前から、ファッションの興味の対象はビンテージ古着にも飛び火した。
リーバイスや軍モノ、スカジャン、スニーカー、ジッポ、カレッジリング等、アメリカやヨーロッパの古いものがどんどん好きになっていく。
そして、そのちょっと後にビンテージブームがやってきた。
レアな古着はどんどん値段が吊り上がり、501XXは10万円を軽く超えていく。
それ以外にもレアで人気のある古着アイテムは、やはり10万円以上した。
あまり値段が高くない時を知っているので、ビンテージバブルの時は買う気が失せていた。
それでも毎日毎日、お昼休みには10分でご飯を食べて、残り50分で古着屋めぐりをしていた。
チャリンコを飛ばして、1店舗あたり5?10分でチェックする。店員さんとは話さない。タイムロスになるからだ。
そうやって5?7軒くらい見て回って昼休みが終わる。
仕事が終わって家に帰ったら、コンビニで買った冷凍ピザを食べながらビールを片手にベッドに寝転がってファッション雑誌を見るのが何より楽しかった。
そしてAM3:00頃寝る。
そんな毎日を過ごしていた。
(つづく)
写真は、ビンテージのリーバイスのセカンドを袖をちぎって着ているヤテ。
507XXの袖を引きちぎってやったぜぃ。スギちゃんよりワイルドだろ??
それでは、また明日。
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“みたらし祭”
ちょっと前の話ですが、スタッフ皆で今年もみたらし祭に行きました。
いつも行列が出来ているので遅めに伺うことにしたら、あろうことか門が閉まっていた。遅すぎた!
テンションだだ下がりのスタッフ
仕方ないので一応皆で記念写真
家に戻って山本佳代さんのある事を皆でお祝いしました。
子供は遊びつかれて眠っている。
リベンジで、次の日カミさんと二人で再度行った。
板締めはなかなか目立つ。
備前笠をがぶっているとなおさらだ。
来年はちゃんと時間を調べてから皆と来ることにしよう。
それでは、また明日。
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“脇阪本”
出ました。
昔のことからSOU・SOUのことまで、これ一冊で脇阪さんが作ってこられたテキスタイルの
いろんなことがわかります。
中身を一部紹介。
見ていて楽しいということに重点を置いて作られています。
マリメッコ、ラーセン、ワコール、そしてSOU・SOU。
45年間もテキスタイルデザイナーをされているのですね。
改めて尊敬します。
自分の本を作ったりするのは多分好きなじゃい脇阪さんが、重い腰を上げた奇跡の一冊「脇阪克二のデザイン」。
ピエ・ブックスより絶賛発売中!です。皆様どうぞよろしくお願いします。
ちなみに、SOU・SOUでも着衣 しつらいの間、選 青山で販売しております。
また、近々netshopでも発売される予定です。
それでは、また明日。
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“今週の写樂(103)<京鹿の子絞り/福島さん、有松鳴海絞り/山口さん>”
今週の写樂は、京鹿の子絞りの伝統工芸士、福島さん。
半分飛び込みで営業に来られました。
なかなか仕事がないそうで、業界の大変さをお話しくださいました。
ちょうど今田端さんが死ぬほどいそがしいところなので、手ぬぐいを少しお願いしてみようと思います。
これから良いお付き合いができるといいなと思います。
一方、こちらは有松の伝統工芸士、山口さん。
久しぶりです。
新作を見せに来てくださいました。
「最近ネットを止めたんだ」とおっしゃっていました。
まーそれはそれでいいですね。それぞれのやり方で。
山口さんの作品も近々入荷します。お楽しみに。
それでは、また明日。
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“ツルット京都”
僕は麺類が大好き。こう暖かい日が続くと、毎日ツルットしてしまいます。
というわけで、近所のラーメン屋で冷やし中華。
徳治と一緒に
軽くビールも飲みたいところでしたが、止めときました。
ところで本日、明日、明後日とこんなイベントがあります。
MOJO WEST移転だそう。昔マハラジャがあった場所ですね。
ちょっとおもしろそうなので行ってみましょかね。
それでは、また明日。
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“送料無料中”
送料無料キャンペーンが始まりました。
だいたい年に3回やっています。
今年は丸五足袋発売の時にもやりましたので、1回多い4回になります。
今までは5000円以上お買い上げの方が送料無料の対象でしたが、今回は試験的に3000円以上に金額を下げてみました。
よりお手軽になりましたので、宜しければこの機会に是非ご利用くださいませ。
最後は今日の標語。
昨年には昨年の、今年には今年の難問がちゃんと降りかかってくる。
僕はこれは成長の証だととらえています。
これを乗り越えた後、必ず会社が良くなっている。
そして、またもっとレベルの高い難問がやってくる。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(10)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ。
学校を出て、ファイブフォックスという会社にパターンナーとして就職した。
実はここ以外全ての会社に落ちたのだ。
入社試験は手袋のトワル作成だった。
当日までジャケットのパターンが試験に出ると思っていたので面食らった。
しかも手袋のパターンなんて学校で教わっていない。
しかしそんなことも言ってられないので、独自のやり方でパターンを作成し、トワルを組んだ。試験を受けていた5人の中で、一番初めに完成した。
後で知ったが、全員採用されていた。そういう時代だったのだと思う。
社会人になって本当の一人暮らしが始まった。
西新宿の4畳半一間でキッチン、トイレ付き、木造ボロボロのみどり荘というアパートで、家賃は5万円だった。
当時のDCブランドは、イケイケの売れ売れだった。
仕事はたくさんあって、帰るのがいつも深夜だった。
深夜にシャワーを浴びたら、1階に住んでいる大家さんに「うるさい!」と注意された。それは、建物の構造上の問題やろと思った。
会社は原宿駅のすぐ前にあった。
一緒に働いていた先輩達にも恵まれて、いそがしい中とても楽しかった。
パターンは、僕の時代は全て手で引いていた。今はCADだと思いますが。
当時誰の机にもパソコンなんて1台もなかった。今では考えられないかもしれない。
展示会前になると、会社に寝泊りする。原反室のパッキンの束の上に寝るのだが、なかなか気持ちよかった。
何日間も泊まると汗もかくので、16時頃に原宿のど真ん中にあった銭湯にもよく行った。
僕がいたブランドのマネージャー(チーフデザイナー)はとても厳しい人だった。
でもそのお陰で、今何が起こってもたいがいのことは大したことないと思える。
いそがしくて大変だったが、今思い返すとその時が一番楽しかったと思う。
写真は、おいしいカレーを食べて満足しきった後に、チャイでしめているカメラ目線のちゅぢゅきさん。
それでは、また明日。
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“SOU・SOUへの道(9)”
※これまでの「SOU・SOUへの道」はコチラ。
専門学校は、高校までと違って学生が急にルーズになる。
全然学校に来なくなる人もいるし、学校に来ても遊んでる人もいる。
勉強する気がないなら、高い学費払ってまで来なければいいのにと思った。
それは今の造形大学の学生達にも言えることだが・・・。
ちなみに僕はバーゲンを除いて一度もサボったことはなかった。(と思う。)
授業では一日中ただひたすら洋服の製作をする。ボロい校舎も含めてあまりにも地味な毎日だったので、文化服装学院やモード学園に憧れた。
そういえば当時作ったアイテムを以前の駄話で紹介していた。
写真は作ったスーツ。生地はエルメネジルドゼニアのものを当時奮発して買った。
カラークロス(衿裏)は全て手まつり
裏面はこんな感じ
袖裏はこれ位だぶつかせる。
アームホールは玉まつりをするのが良い。これはミシンでは出来ない。
背中はこんな感じ
ズボン
腰裏のマーベルトも全て手まつり。
裾には靴擦れを付ける。ゼニアの文字が光る。
卒業写真は皆自作のタキシード
ちなみに僕の右二人隣は今パターンをお願いしている金子。
その右隣はいつも相撲に一緒に行っている内藤。
左前にいるのはカミさんだ。
日本で唯一のオーダーメイド専門学校、日本メンズアパレルアカデミー(現廃校)。
今から思えば、この学校に行って本当に良かったと思う。
いつかまた、こういう学校が日本にも復活するといいなと思う。
(つづく)
写真は、カメラ目線でシブく決めるちゅぢゅきさん。
それでは、また明日。
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